7月の法語その2

煩悩すらも仏の種となる

 

煩悩というものは欲望であり妄念妄執であり、私たちの心を乱すものです。

その、煩悩を捨てさるのが仏への道と思われがちではありますが、実は煩悩こそがその仏への道の入り口であります。

『維摩経』には「一切煩悩是皆佛種」(一切の煩悩、是は皆、仏の種である)とあり、

また、浄土真宗の『正信偈』にも「不断煩悩得涅槃」(煩悩を断ぜずして涅槃を得る)とあります。

これらがいうところは、仏の道というのは決して厳しい修行をして煩悩を断ち切ってなるものだけではないということです。

煩悩にあえいでいる衆生の救いを求めたのが阿弥陀仏の願い(本願)でありますから、煩悩こそが仏の種となるのです。

そして、我々もまた、自身の煩悩によって自分の本当の姿を知り、阿弥陀仏の助けに気づかされるのです。

これが、阿弥陀仏の他力によって仏の道をいく他力本願の教えです。

 

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